あの人たちは自分らのしてることを信じてやしない!

安倍首相が突然、学校を臨時休校にした時に、不登校の学生さんや先生にとっては思ってもない休養の期間になったのですが、一方で、学校に行けなくなった子供たちはイライラが強まり、小学生の子を持つ親御さんたちもストレスがかなりのものでした。  


長崎にはカトリックの方が多くて、そんな中のある人に、お御堂に行ってはどうですかと提案したところ、 教会堂も封鎖されている、ミサもなくなった との返事がきて、ショックでした。 


神父さんもキリストの神が病を癒すとは信じていない! 


となりの中国や韓国が、日本が、世界中が伝染病の恐怖でいっぱいになっているときに、 教会堂を封鎖して、どこで集まって祈るのでしょう? 


自分や家族が、自分の地域や国に病が迫っているという不安におびえているときに、 カトリック信者の人が心のよりどころにしているお御堂に行って祈りたいだろうに、どうして、こんなときに教会の教師ら自らが、 事実上、祈りに効果はないと宣言するかのように、教会の扉に鍵をかけるのでしょう? 


 癒しの秘跡(サクラメント)って、形式だけか!?(‥と言いたくなった) 



 日本では修験道の人たちが供養の祈禱をしたように、中世にペストで国の半分が死んでいったとき、 病から私たちが解放されるように祈り続けたのは教会ではなかったのでしょうか? 

人民がわが命を守るために、感染者を、家族でさえも排斥するなかで、 自ら感染する危険を顧みず、支援し、看病していったのは修道士たちではなかったのでしょうか? 


 ちょうど、最近、『幸福論 第3部』の「病人の救い」を読んでいたので、 カトリック教会の現実とヒルティの言葉が両極となって際立ったのでした。 ヒルティは言います、 

 

「たしかに病気の予防や治療については、今後も多くの業績が示されるであろうし、この種の知識や設備が進歩することは、いずれも大いに歓迎すべきである。 しかし、我々現代の人間にとっての主要な問題は、およそそのようなことではない、むしろ、‥ 健康は単に自然のものであるばかりでなく、神の賜物であり、 したがって、神の誡めに従う生活をしなければ長く保持できないという確信を (これは一般にほとんど失われてしまったが)新たに固め治すことが大切である 


 「病苦の中にあっても、それを(まず内面的に)克服するための最も確かな方法は、 その病苦を神の摂理だと考え、そこからの確実な論理的帰結として、 病苦が常に神の力によって変えられるか、さもなければ、耐えられるものにされる という確信を持つことである。 荒れ狂う苦しみの大波に魂がゆすぶられ、おそらく人間の目からはいつ果てるとも見えないときに、 この確信が絶えず灯台の灯として魂の中を照らし続けるならば、これ以上に安心を与えるものはない。… …自然の人間は実際しだいに弱くなっていかないわけにいかない。それは避けがたい自然の成り行きである。 しかし、人間のうちに宿ることのできる永遠の霊は、この法則に縛られるものではない。 すでに多くの病人は、この霊が体をも健やかになしうることを体験してきた。 


 「自分の精神を病気から解放して、つねにいわばこれに超然たる状態に保とうとするのは、疑いもなく、困難なことである。 なぜなら、精神もやはり病気に冒されたり、弱められたりするからである。 しかし、それも別の霊の力を借りれば可能となる。 この霊は、病気の時も健康の時と同じように、われらのうちに生きることができ、 またそうすることを自ら願っており、しかも病気の時の方が健康の時よりもいっそう力強く働くのである。


 「神を信ずる者に対して、神自ら適当と思われるときに、 少なくともこれらすべての治療的実験手段に劣らぬほど十分に、 その人の健康を回復させることが出来るということを信じないのは、 とりもなおさず“神を呪う”ことに当たる。 



 わたしは主、あなたをいやす者である。 出エジプト記 15:26 


 まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みをになった。 イザヤ書 53:4 


 信仰による祈りは、病む人を回復させます。  ヤコブ書 5:15 


 夕方になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れて来た。そこで、イエスはみことばをもって霊どもを追い出し、また病気の人々をみなお直しになった。 これは、預言者イザヤを通して言われた事が成就するためであった。「彼が私たちのわずらいを身に引き受け、私たちの病を背負った。 

 マタイ福音書8:16-17 


あなたがたがこれらのおきてを聞いて守り行うならば、あなたの神、主はあなたの先祖たちに誓われた契約を守り、いつくしみを施されるであろう。あなたを愛し、あなたを祝福し、あなたの数を増し、あなたに与えると先祖たちに誓われた地で、あなたの子女を祝福し、あなたの地の産物、穀物、酒、油、また牛の子、羊の子を増されるであろう。あなたは万民にまさって祝福されるであろう。あなたのうち、男も女も子のないものはなく、またあなたの家畜にも子のないものはないであろう。主はまたすべての病をあなたから取り去り、あなたの知っている、あのエジプトの悪疫にかからせず、ただあなたを憎むすべての者にそれを臨ませられるであろう。   

 申命記7:12~15 



 詩編91編 

 いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。 私は主に申し上げよう。

「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神。」と。  

主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。  

主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。 あなたは、その翼の下に身を避ける。 

主の真実は、大盾であり、とりでである。 


 あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。 

また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。  

千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。 あなたはただ、それを目にし、悪者への報いを見るだけである。 

それはあなたが私の避け所である主を、いと高き方を、あなたの住まいとしたからである。  


わざわいは、あなたにふりかからず、疫病み(えやみ)*も、あなたの天幕に近づかない。 

まことに主は、あなたのために、御使いたちに命じて、すべての道で、あなたを守るようにされる。 彼らは、その手で、あなたをささえ、あなたの足が石に打ち当たることのないようにする。  

あなたは、獅子とコブラとを踏みつけ、若獅子と蛇とを踏みにじろう。 


 彼がわたしを愛しているから、わたしは彼を助け出そう。 

彼がわたしの名を知っているから、わたしは彼を高く上げよう。 

彼が、わたしを呼び求めれば、わたしは、彼に答えよう。  

わたしは苦しみのときに彼とともにいて、彼を救い彼に誉れを与えよう。 

わたしは、彼を長いいのちで満ち足らせ、わたしの救いを彼に見せよう。 



*疫病(えやみ)

 1 悪性の流行病。 ときのけ。えきびょう。

 2 (「瘧 (おこり) 」とも書く)おこり。今のマラリアのような病気。わらわやみ。

ヒルティ喫茶:虹息

ヒルティに代表される敬虔派のことについて、語り合える友がほしいなぁ‥というのが、このサイトを始めた動機です。その時々の気付きや感銘を共有していければと想います‥[コメントにすぐに応答できないかもしれません。]